線と絵

半月ほど前から、ほたるがようやく「何か」を描くようになりました。物や人、そういったものを描こうとするようになったのです。

ほたるが絵を描くとき、わたしが言わないようにしていた言葉がありました。

「それ、なあに?」

という言葉です。「それはなに?」「なにを描いているの?」最初の頃、なんの気なしに言ってしまいそうになり(もしかして言ってしまったかも)そして、あれ、これは違うぞ、と感じ、以来、極力、言わないように気をつけてきた言葉。いつからか、家族にも「言わないでね」とお願いするようになっていました。

というのも。

ほたるが、あまり楽しそうに線を描くから。クレヨンの先が描き出す模様を、驚きに満ちた顔で見つめているから。「何か」を描かなければいけないんだと感じてしまう前に、もっと純粋に、線や色を楽しんでもらいたいと思ったのです。その原始的とも言える楽しみをすっ飛ばしてしまうには、ただの「線」に対するほたるの目は、あまりにも輝いていて。

最初は、本当に弱々しい線でした。クレヨンを紙に押し付けながら描くという、その動作すら、ちいさい頃はむずかしいのだなと驚いた覚えがあります。それがいつしか力強い線を描くようになり、自分の体を軸にして振り子のように右左と動いていた手が、やがて意志を持って、まっすぐの線を描くようになり、ギザギザを描くようになり、点々を描くようになり、円を描くようになり‥。

それからも、より滑らかに自在にクレヨンを動かすようにはなったものの、まだ線を楽しむ時期がもうしばらくつづき、そして、このたび、とうとう自分で「なにか」を描くところまで辿り着いたのです。これはやはりちょっと感慨深い!

ほたるの、初めての「絵」! さつまいものような、少し角ばった長細い楕円を描き、ほたるは、こう口にしました。

「まま(祖母)のうんち!」

嗚呼‥!

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