楓荘

夏が近づくといつも思い出してしまう家があります。駅からの帰り道にあるその家の物干しには、毎年この時期になるとたくさんの風鈴がさげられました。2本の物干しいっぱいにさげられた江戸風鈴や南部風鈴は、風が吹く度、線路を越えた向こうの道にまで涼やかに響き、心を澄ませてくれたものでした。

風鈴がさげられなくなって何年経つでしょう。そこに住むおばあちゃんたちが手入れしていた涼しげな庭も、今では雑草たちが幅をきかせています。

交番跡の桜の木。高架線下の梅林。一力さんちの沈丁花。鈴木さんちのくちなしの花。毎年楽しみにするさまざまな風物詩の中でも音で季節を感じさせてくれる風鈴はとりわけ新鮮で、それが失われてしまった今、この季節はわたしになにがしかのノスタルジックな感情を呼び起こすのです。

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