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羊水時代

こどもは、3才くらいまで、おなかの中にいたときのことを覚えていると聞き、ほたるが話せるようになるまで、ひたすら楽しみに待ちました。

現実と想像とがいっしょになりやすいこどものことですから、余計な知識は入れぬよう、「この時!」と思うその時まで、口をかたく結んで。

こどもの言葉が飛躍的に発達するのは2才ですから、2才になってから3才まで、目を凝らして、タイミングを見極めて。話せるようになる前、質問の内容を理解できるようになる前に聞いてはいけません。タイミングを逃して、おなかの記憶がなくなってしまってもいけません。一世一代の、大質問です!

半年ほど前。ようやく「いまだ!」と聞いてみました。

「ほたるさん、ほたるさん、ハハのおなかの中にいたの?」
「うん‥」
「なにしてたの?」
「ちゃぷちゃぷしてた」(おおー!)
「明るかった?暗かった?」
「暗かったよ」(おおー!)
「ははのことパーンチ!した?」
「しないよー(笑って)」
「じゃあ、ははのことキック!した?」
「しないよー(笑って‥から真顔になって)‥した」(おおおー!)

いや〜、楽しかった。本当に覚えているものなんですねぇ!ほたるはそれはそれは、午年にふさわしく、キック力のあるお子でございました。ハハは、どこどこ蹴っ飛ばされておりましたよ。

そして、つい先日。

あの楽しかった質問に、さらにおしゃべりが上手になった今、もう一度答えてもらいたくって、ハハは聞きました。

「ほたるさん、ほたるさん、ハハのおなかの中にいたの?」
「うん、いたよ」
「なにしてたの?」
「おままごとしてた」

… _| ̄|○

川崎病・10か月後

12月になったらまた来てくださいね。

と言われてから、はや9か月半。風邪をひいたり、インフルエンザ・シーズンを外したりしているうちに、4か月も遅刻してしまいましたが、昨日、ようやく定期検診に行ってきました。

眠り薬を飲まされないまま、じっと心エコーを受けられるようになったほたるに、ちょっと感慨深くなったりしているうちに、検査は無事終了。「異常なし。次は1年後ね」の言葉をいただいて、帰ってきました。

この4月から、都における川崎病の扱いは大きく変わりました。特定医療費助成の対象が、大幅に狭められたのです。

2月。まず最初のお知らせが届きました。これまで18才になるまで免除されていた川崎病の治療費自己負担を、所得に応じて「一部負担」しなければならなくなりました。

3月。次のお知らせが届きました。小児慢性疾患の対象疾患であっても、認定基準に該当しない場合(重症でない場合)には、「医療費助成の対象とは認定されなく」なりました。川崎病の認定基準は、

冠動脈病変があり、かつ、一過性でないことが確実な冠動脈異常所見(拡張、瘤形成、巨大瘤又は狭窄)を確認し、継続的な治療が行われている場合

ということですから、ほたるは医療費助成を受けられないことになったわけです。

今はまだ市の乳幼児医療費助成を受けられていますが、数年後にはその助成対象からも外れ、年1度の定期検診も自己負担になっていきます。ただでさえ、年齢が上がるに従い、検診への足が遠のき、その後の経過が把握しづらいと言われている川崎病です。この変更により、今後ますますその傾向が強まり、原因解明が遅れるのではないかと、非常に残念に思います。
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新年度・その2

ほたるは、というと、この保育園での最年長クラス(2才児クラス)になりました。

園全体の定員24名(だったかな?)のうち、ほたるを含む6名を除いて、みな卒園転園。さぞかしさみしくなるだろう〜と思いきや、うち5名はほたると同じクラスに進級なので、全体の変わり様のわりには、ほたるの周りは意外と静か。もとからの5名に加え、新たに3名を加えて、毎日元気に過ごしています。

昨年のお母さんたちに、「2年目も、4月は「慣らし保育」状態だったよ〜」と聞いていたので、かなりの覚悟をしていたのですが、新しい子たちが比較的すんなり馴染んだせいか、どうやらそれも杞憂に終わりそう。う〜ん、成長したものです。

今日、こっそり仕入れてきた情報によると、

 2才児クラス   T先生
 1才児上クラス  KA先生(ここと)
 1才児下クラス  M先生(ここは逆かも)
 0才時クラス   O先生

とのこと(>りえこさん)。ひとまず、KA先生が担任でないことに安心したものの、本当ならKU先生に担任もってほしかったなぁ‥。(KA先生で大丈夫なんだろうか。)

新年度

新年度がはじまり、1週間が過ぎました。

給食の先生を含めても10名ほどしかいない先生たちのうち、施設長、主任を含む5名が抜け、新しい先生が3名加わりました(後からまたもう少し加わるのかも)。総入れ替えとはいかないまでも、それに近い入れ替えに、一体どうなることやらと年度末には不安で一杯でしたが‥。はじまって1週間たって、それなりに「なんとかなりそう」と思えてしまっているのが不思議です。

新しく加わった3人の先生のうち、施設長におさまった先生がもともとはここの先生だったこと(3年ほど、同じ運営による別保育園に回っていた)、主任におさまった先生もその姉妹保育園からの先生だったこと、がかなり大きな要因かもしれません。持っている雰囲気が、もともとの先生たちと同じなのですね。ベテランなこともあり、このお2人はすぐに園に馴染んでしまいました。

残る1人‥。この1人がちょっと「どうかなぁ」という感じなのですが、他の先生より1週間ほど早く「慣らし」で保育園に入ってきた先生で、当初、朝夕の父母へのあいさつもまともにできず、笑顔も見られず。これまで比較的新しい先生に馴染むのは早かったほたるですが、この先生にばかりはひさびさに大きく人見知りをしたようで、年度末には2日ほど大泣きで過ごしたということです。ここになってようやく、あいさつしてくるようになり、笑顔も見られるようになりましたが、小さな赤ちゃんの頭の上に大きなクルマのおもちゃを走らせていたり(←別に赤ちゃんは喜んでいるわけではない)、どことなくかったるそうにこどもたちの面倒を見ているような雰囲気があり「う〜ん‥」という感じです。O先生のときのように、ただのわたしの誤解だといいのだけれど〜‥。

でも、全体的には「今年の保育園は楽しくなりそう!」という予感です。いつも疲れている感じで、あまり変化を好まなかった前の施設長(好きな先生でしたけれどね)から打って変わって、今度の施設長は、なにをするにもパワフル!「楽しいことはどんどん取り入れた〜い!」という感じの先生で、前の施設長のときに(なにか役に立てないかと)持ち寄っては丁重に断られていたいくつかのアイデアを、この1週間であちらから打診されるほど。この1年間は、いろいろ保育園に関われそうで楽しみです!

明日でいよいよ

明日でいよいよ今年度はおしまいです。

数日前から、ほたるには毎朝カレンダーを指し示しながら説明してきました。どこまでわかっているかはわからないけれど、その時が来れば、きっと「ああ、このことだったのか」と腑に落ちるのでしょう。どれだけ辛いことであっても、わたしは自分の知らないうちに事を進められるのが好きではなくて、そのわたしに性格がそっくりのほたるも、おそらくはそうだろうと、信じて。

そんなほたるを、さきほど、寝かしつけながら、またもう1度「あしたはいよいよ最後だよ」と。そんなに何度も言わなくていいじゃない、すっきり別れさせたらいいじゃない、とも、わたしのどこかが言っているけれど、別れてしまった後で、もう会えなくなってしまった後になって、別れ際に何もできなかったことを悔やんではほしくなくて。そうしてもう1度説明しながら、気がつくと、泣いていたのはわたしの方でした。

あーあ、中学でも高校でも、卒業式に泣けなかったわたしなのに。入園当初、あんなにも苦手だったO先生との別れが、こんなに辛いなんて。思えば、ほたるには、3人のお母さんがいて。それが、わたしであり、わたしの母(ほたるの祖母)であり、O先生であり。O先生、実はわたしにかなり似たところがあって。凸凹だったら、息も合ったのだろうけど、凸凸だったものだから、なかなか馴染めなくて。でも、いつの頃からか、わたしがかわいがるのと同じように、ほたるをかわいがってくれるようになり、ほたるも「好きな先生は?」と聞くと「O先生」と答えるようになり。

ああ、さみしいなぁ。さみしくて、かなしいなぁ。こんな年になって、生死ではない、こんな別れをすることになろうとは思いもしなかった。ほたるも、どの友だちよりも、O先生との別れを気にしているようです。

そして。今になって思う。なにか用意しておけばよかった‥。なにか、先生の思い出になるようなもの。O先生は、転園ではなく、退職なのです。ご両親の介護のために、保育職からはしばらく(もしかしたらずっと)遠ざかるということで。そしたら、ほたるたちが、最後の教え子ってことですよね。なにか‥用意しておくのだった‥。こんな準備の悪い自分にとてもがっかり。せめて明日、何か探しに行けないか(本当は、ほたると一緒になにかつくったりしたかったけれど)今、考えてます。