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また、夢

火曜は、立川伊勢丹へ。ギフトサロンというくらいですから、それなりに丁寧な対応の方を揃えているだろうと期待していましたが、言葉遣いや態度が荒めの方に当たってしまい、少々くたびれました。それでもなんとかお香典返しの手配は完了です。

昨日水曜日はひさしぶりに家でゆっくり休んで、今日は国立まで銀行手続き等に行ってきました。

先週、直接のご連絡がまだだった方にようやくお送りした通知状、その到着を受けていろいろな方からお返事が届きつつあります。中には、お花やお菓子、お香典を送ってくださる方も。お香典返しの手配…早まったかもしれません。

昨晩、こんな夢を見ました。

クリスマスの夜、家族で食事をしながら、母の帰りを待っています。でも、なかなか帰ってこない。「遅いねぇ、もしかして事故にでも遭ってるんじゃないだろうねぇ」「あはは、まっさか、あはははは…はは…」「……」(ここでようやく一同、すでに母がこの世にいないことを思い出す)

前回、夢の話を書いてから、見るのはこんな夢ばかり。母の気配は感じても、登場しそうになると、脳があわててそれをシャットアウトし、夢の中でも現実を突き付けてきます。脳はよかれと思ってやっているのでしょうけれど、夢の中くらいは思い出したいのにね。

つらくて目が覚めて、布団の中で2時間ほどじっとしていてから、いつしかまた眠りました。

すると、今度はなんと動く母が出てきました。亡くなってから1週間目くらいに、生き返ったという話だったようです。とても暖かみがあって、うそでも、おばけでも、なんでも、うれしい、このままずっといてほしい、と夢の中ではずっと母にひっついていました。まるでほたるがわたしにひっつくみたいに。

毎日、こんな夢が見られたらいいのになあ。

少々息切れ

昨晩、疲れる夢を見て、週明けいきなり息切れ気味。

それでも、さらしの袋、無事縫い終わりました。どうつくったらいいものかさっぱりわからず、以前、ネットで検索したときに見つけたお店で売っているものを参考に大きさを決め、こうした場合にはあまり重ねない方が縁起がいいのかなと思いつつも透けて見えるのもどうかと思い二重に。こぼれ落ちてもこまるので、口も巾着風にしてみました。

白くてさっぱりしているさらしの布ですが、わたしが下手な手でこねくりまわしているうちにいい具合にこなれてやわらかくなりました。ちょっとした二重ガーゼみたい。

これなら母も気持ちよく眠れるかな。

来週は

昨日夕方、予定通り、通知状を郵便局に出してきました。来週は、事情があって少し遅れていたお香典返しの手配に再度立川伊勢丹へ。それから、こちらも中途になっていた、さらしの縫い物も完成に向けて。

昨日でちょうど1か月。早いような遅いような、何とも言えない気分です。でも少しずつ日々は加速していくのだろうな。

次の週末は、いよいよ四十九日です。わたし含め、家族の気持ちがついていっているかどうかはともかく、これがひとつの区切りになることは確かです。連休中は、あれ以来まだ足を運んでいない山梨で、ほたる中心に楽しく過ごす予定です。…とは言え、母が亡くなった場所でもありますので、そこでみな(特にその時その場に居合わせた父と祖母)がどのような気持ちになるかは定かではなく、少し緊張はするのですけれど。

四十九日が明け、連休が明けたら、わたしの仕事もできるところから再開していく予定です。
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いい天気

朝から、通知状に貼る切手を買ってきました。

実は、昨日の夕方、いちばん近い郵便局に行ったのだけれど、枚数が足りず。今朝になって、次に近い郵便局へ行ったけれど、ここは在庫切れで。結局、少し遠い本局まで自転車こいで行ってきました。弔事用の80円切手というのは、それほどは使われないものなのでしょうけれど、まさか郵便局3か所も回ることになろうとは。

今朝はいい天気ですね。このところ、黄砂や雨で乾燥機ばかりだったので、ひさびさに外に干せて、うれしいです。母も外に干すのが好きでした。

いくつもある家事のうち、母なき後、わたしがいちばん母を感じるのは、この洗濯干し。家事の中でいちばんよく手伝ったから…というわけではないでしょうけれど、おひさまがぽかぽかしているところが、母を思い出させるのかな。

記憶

宛名書き、終わりました。明日、封印をして郵便局に持っていきます。

ここしばらく、母のことをほとんど思い出さない日が続いています。これでこのままこれが日常になって、あんなに大好きだった母のことを忘れてしまうのだとしたら、なんて自分は薄情なのだろうなあと思い、意識的に母の姿を思い浮かべようとしたら、ようやく姿を目に浮かべても、すぐにフッとその姿や記憶は消えてしまい、あとには疲れだけが残ります。

ああ、これは、このまま忘れてしまうのではなくて、脳がまだ思い出すことを許さず拒否しているだけなのだなぁとわかり、自分が母を大好きだったことが嘘ではないことがわかって、またそのうちたくさん母のことを思い出せる日がくるのだろうということがわかって、少しだけ安心しました。